2011/01/25

「インドの日常、日本の不思議」2


what i read on news paper yesterday.

Hindustan times 24th january adverticement

24th january
national girl child day (18th-24th week)
ministry of women and child development/government of india

(hindi)(to who live in surbern) something like this
please dont kill girls
let them alive, let them to be born

adverticement(english)
>come forward to exercise your right to education
>resolve to resist marriage before 18years of age
>say no to dowry. dowry is a punishable offence
>know that the women have legal protection against domestic violence
>be aware of your rights to be truly independent
>evolve as SABLA - truly emperworment girl

important add though, for whom?
some of women can read coz some of high educated women are also victim of dowry.
where can i see more add about this?

in india, some of policy for people who discriminated don't get enough affection.
1990's, started compartments for only women.
from 24th Jan 2011, started aut-ricsher (like taxi)  for women.
having spared tons of budget to girls education and to change situation to be better
even though, their situation are so miserable.


2011/01/22

「インドの日常、日本の不思議」1

インド生活の中で出会った不思議な日常をお伝えします。

 
「シャワーと洗濯」
シャワーはある。バスタブは基本無い。
そして洗濯機はまずない。

かわりに、各家庭に大きいバケツがいくつかある。
カラフルなものがお店でもよく売っている。
そのバケツに水やお湯を汲む。
洗濯をそのバケツの中でする。

また、お湯を汲んでそれを桶で汲んで身体やら頭を洗う。
朝晩は冷えるので、暖かくなる朝~昼の間に水を浴びるようだ。


「トイレ事情」
・区別:イギリス様式(洋式)&インド様式(和式)
トイレットペーパーは一流ホテルや高級店、所得の安定している人が使用する店にある。
他は無い。
インドの洋式便座(プラスチック製)はだいたい外れている。
なぜならば、洗濯物やシャワーの水を流したり、
Flashではなく、お水を汲んで流すことが多いため、
外れている。
和式と同じタイプのもの、そこに入れはトイレットペーパーが無いことは必然。
トイレの下部分に、水道がある。
お尻を洗う水、それだ。
一般家庭にもさほどトイレットペーパーはない。

 
「食器洗い」
食器はだいたいシンクの水の中に沈んでいる。
夜の食器は洗わない。
なぜならば使用人が来るからだ。(中流家庭以上)
しかーし、11:30くらいにくるので(ステイ先の家では)
コップやらスプーンやらは洗っておかないと足りない。

ところで、奥様たちは面倒くさがりなところがある・・・笑


「アイロン」
なんでもかんでもアイロンかける。
Yシャツに始まり、Tシャツ、ジーパン、タオル、
そしてなんと下着もかけるのだ!

必要があるのだろうか・・・?笑


「チャイ:お茶」
一日に何回も飲む。
インドのお茶やコーヒーは大体ミルク&砂糖入り
そして一緒にパンやクッキーなどを食べる。
太ってしまう。

多分、夕飯の時間が9時~11時の間に採ることが多いからだと思われる。


では、また。

2011/01/21

「インドの日常、日本の不思議」0

『インドの日常、日本の不思議』と題して、
現在インドの首都デリーに滞在する私の目線を通して不思議な世界をお伝えしていきます。

滞在日程:2011年1月9日~3月18日@Delhi, India

初回は、私の滞在スタンスについてです。

1、Salaam Baalak TrustaというNGOにおけるボランティア
<New Delhi Railway Stationを基点とし、主にストリートチルドレンや公立学校に通う子供たちに対する教育支援を行っている。筆者はPratop Nagarという駅付近のスラムで子供たちに英語を教え、また、ホームページの日本語翻訳を行っている。>
Salaam Baalak Trust http://www.salaambaalaktrust.com/

2、内定先企業に関連させ、インドの現状をリサーチ
<どのようにコネクションを作っていくか、どの様な企業が積極的な障害者雇用を行っているのか、社会にある課題を解決する糸口となりうるビジネスはどこにあるか、などを簡単にリサーチする。>

3、インドを知る
<インドの女性が置かれる現状や、教育状況について卒論で執筆した。その際、2週間の滞在経験を組み込んだが、深く知るにはより時間が必要である。旅行者ではなく、人々の実際の生活に入り込み、言語、生活様式、文化などを肌感覚で覚える。>


上記3つが私の滞在スタンスです。

次回は、これまでに出会った不思議な日常をお伝えします。

2010/12/02

「ソーシャルビジネス、社会に必要とされる企業・人材とは」

「ソーシャルビジネス、社会に必要とされる企業・人材とは」
~SONYから、ソーシャルベンチャーへ~
株式会社ウイングル 創業メンバー市川氏 ゲスト講演


◆  概 要  ◆
日付: 201112月13日(月)
時間:17:00~18:40
開場:16:45
教室:11210 (中央大学総合政策学部棟11号館2階)
定員:50人
対象:中央大学、中央大学大学院生 (included exchange students, Eng. reference available)


◆ タイムスケジュール ◆
16:45 開場
17:00 講演
18:00 質疑応答
18:40 終了予定


◆ 申込方法 ◆
1: Tweetive
2:作山侑実(総政4年) sakuyama.yumi@gmail.com
3: @YumiSakuyama

いずれかで
名前、連絡先(メールアドレス)、学部/研究室/専門 と併せて参加意希望の旨をお伝えください。
※ 配布資料、収容人数の関係で参加者数の把握をさせていただきます。


◆ 講演内容 ◆
1. なぜSONYではなくソーシャルベンチャー創業を選んだのか
複数大手企業からの内定を受け、SONYへ入社した市川氏は、社員生活僅かでそこを後にする。
ウイングル創設者の佐藤CEOら全5人で創業期を駆け抜けた市川氏は、なぜ資金も他社とのネットワークも潤沢な大手企業SONYではなく、一切のゼロから始めるウイングル創業の道を選んだのか。

2. 社会に必要とされる会社・企業とは
グラミン銀行、Teach for America、NPO法人フローレンス、Room to Read
社会の諸問題を事業によって解決に導こうとする“社会起業”に対する関心が国内外で高まっている。
その一つとして、ウイングルが注目を集めている。設立僅か5年だが、リーマンショックを乗り越え、急成長を遂げている。社会が注目し、社会に必要とされる“社会企業”とは何か、ウイングルの描くビジョンや事業内容を通して、社会性の高い企業とは、「便利」ではなく「必要」とされる会社とは何かを考える。


3. 社会に必要とされる人材とは
就職内定率が過去最低と言われる今、「大手」で「安定」を求める学生は後を絶たない。
しかし、社会が求めるのは「大手」で「安定」を求めている人材なのであろうか。
‘不況’といわれる今だからこそ社会に必要とされる人材とは何かを考える。


◆ 開催目的 ◆
「内定が出ればどこでも良い」「なんとなく大手」「有名だから、みんなが受けているから」といった受け身の就職活動を多く耳にする。また、内定率が低迷する中で、一層大手志向が高まっているように感じる。しかし、本当にそれで満足できる就職活動を行うことができるのだろうか。納得した社会人生活を送り、なりたい自分になることができるのだろうか。
一方、不況といわれる中で、ソーシャルベンチャーとして注目を集めるウイングルは、なぜここまで急成長できているのか、社会に必要とされる企業とは何かをそのビジョンと事業内容に基づき考える。
そして、創業メンバーの一人であると共に元SONY社員の市川氏をゲストにお招きして、必要とされる人材とは何かを考えていく。


◆ 代表者 ◆
総合政策学部国際政策文化学科4年
作山 侑実(さくやま ゆうみ)
@YumiSakuyama


◆ 補足 ◆
株式会社 ウイングル
2005年 12月設立
代表者 長谷川 敦弥


事業内容
1 障害者雇用促進コンサルティング事業
2 アウトソーシング(BPO)事業
3 福祉政策支援事業
4 障害福祉サービス事業(就労移行支援)
5 インターネットメディア事業
その他上記各号に付随する一切の業務


http://www.wingle.co.jp/

2010/11/20

Check the real.

Face the real.

■Journeyman Pictures
http://www.journeyman.tv/

■BBC
World Service-Documentaries
http://www.bbc.co.uk/worldservice/documentaries/

Film Network-Documentaries
http://www.bbc.co.uk/filmnetwork/films/

見つけたら随時更新。
オススメがある方はオススメポイントと併せて是非教えてください。

2010/11/10

あなたにとって「家族」って何ですか?

あなたにとって「家族」って何ですか?
何を思い浮かべますか?



雑誌、「週間金曜日」@syukan_kinyobiから、タイトルにあるアンケートが流れてきた。

血の繋がり、自分の歴史、親兄弟姉妹・・・

色々と考えてみたけれど、私はこう書いた。

「私にとって家族とは、帰る場所。
どんなに苦しくても、つらくても、
帰る場所があるという安心感をくれる。
安心できるのは、
私を無条件で理解しようとしてくれる人たちの集まる場所だから。」


血の繋がりを持った家族、彼らを思えば私の家庭はその通り。
自分は両親や祖父母、親戚にとても恵まれているのだと実感する。

改めて自分の文章を読み返し、そう思う。

一方、私にとって「家族」は血の繋がりだけを意味するものではない。
血の繋がりだけに限定したくない、といった期待が大きいと言った方が正しいかもしれない。

少なからず、多様な人との関わりや、様々な情報に触れてきたことで、
血の繋がりだけが、全てではないと感じる。

血が繋がっていなければ、「家族」ではないのか。
血が繋がっていれば、「家族」なのか。

親がいなければ、親類がいなければ、兄弟姉妹がいなければ、
「家族」はいないのか。

肉親はいないかもしれない。

でも、私は安心を感じれる場所は「家族」として認識してもいいのではないかと思う。
その安心が、無条件で自分を受け入れてくれる人によって紡ぎだされるなら、
それは、「家族」だと思う。
そう思いたい。

「週間金曜日」さんから頂いた上記コメントの載っている号と、書籍。
ありがとうございます。

議論を呼ぶテーマ

この記事を読み、何を感じ、また何を重視すべきだと感じますか?

~~~~~

「アフガンへ防衛医官ら派遣検討 日米首脳会談で表明へ」
 菅内閣はアフガニスタンへの人的支援の一環として、自衛隊員の医官や看護官10人規模を派遣する方向で検討に入った。北大西洋条約機構(NATO)によるアフガン国軍や警察の訓練で、教官不足が深刻化。NATOや米国から派遣を要請されているためだ。13日の日米首脳会談で菅直人首相がオバマ大統領に派遣検討を伝える見通しだ。
 防衛省によると、医官らはアフガンの国軍病院で医師育成を行うことが想定されている。派遣の根拠は防衛省設置法4条の「教育訓練及び研究を行うこと」とする方針。2008年以降、同じ規定に基づきアフリカのPKOセンターに陸上自衛官を講師として派遣している。
 アフガンの治安部隊の強化策を話し合うNATO首脳会議が19日に迫り、日本政府関係者は「NATOは人を出してほしいと言っている。比較的ハードルが低いのが医官の派遣だ」と説明している。
 ただ、アフガンでは、反政府武装勢力タリバーンの活動が活発で、国連施設への攻撃も続いている。こうした地域への派遣を設置法が想定しているかどうかについては有識者の間で疑問の声があり、政府内にも慎重論が残る。今回は趣旨が教育訓練で武器を携行しないため、安全性をどう確保するかも大きな課題だ。
 現地で活動する国際協力機構(JICA)やNGOへの影響も懸念されている。JICA関係者は医官の派遣について「反対だ。医官とはいえ、アフガニスタン国民には『日本が軍を派遣した』と伝わる」と指摘。アフガンで医療活動と水源確保のための用水路建設を行うNGO「ペシャワール会」の福元満治事務局長も「民生支援を徹底した方がいい。自衛隊派遣を理由に、武装勢力が我々をターゲットにするようなことになったら困る」と話している。(河口健太郎)


asahi.com
2010年11月10日22時4分 
~~~~~


NATOの要請だから人(医官)を派遣するのか。
人を派遣すること、それはつまり軍隊を派遣し、命の危険を負ってほしいということだろうと思う。
何故、「それは我が国の方針ではない」とし、日本だから可能な方法を堅持しようとしないのだろう。

抜本的な変化の時期に来ていると、感じることは無いのだろうか?

協調と迎合は違う。


~~~~~
追記
NATOから人の派遣という要請を受けての医官派遣、その場合、
集団的自衛権の行使という、違憲行為に抵触する可能性がある、とのこと。

2010/11/05

Check this out!1

クラスター弾被害、1万6千人 国際NGOが初報告


 【ジュネーブ共同】クラスター(集束)弾を全面禁止する条約の第1回締約国会議が9日からラオスで開かれるのを前に、国際非政府組織(NGO)「クラスター弾連合」は1日、2010年版の「クラスター弾モニター報告」を発表し、09年末時点でのクラスター弾による被害者は少なくとも30カ国・地域で累計1万6816人に上ると明らかにした。



 モニター報告は今年8月1日に条約が発効したのを機に初めてまとめられた。ただ、各国からの「過少申告」が目立ち、実際には被害者は最大8万5千人と推定されるという。09年にはラオスやレバノンなど10カ国・地域で新たに100人の被害者が出た。



 クラスター弾は1発の親爆弾が空中から多数の子爆弾をまき散らすため、クラスター弾連合は、被害拡大の防止に向け、残った不発弾の迅速な処理を求めている。

2010/11/01 19:40 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/201011/CN2010110101000888.html
-------------

Japan Campaign to Ban Lindminesより

2010年11月1日、『クラスター爆弾モニター2010』
http://www.jcbl-ngo.org/index.php?action=pages_view_main&active_action=journal_view_main_detail&post_id=307&comment_flag=1&block_id=24#_24

2010/11/03

メモ

インド旅行記、もはや書きなぐったノートをそのままワードに落とし、blogに載せた。
散文乱文過ぎる。
脂肪がたくさん付いてる。

また書き直そう。

何を感じ、何を思ったのか。
インドを通して私の何が変わったのか。

それだけをメモして。

2010/11/02

インド旅行記 番外編

■番外編ストーリー:

1、メトロの車内で人間観察

・Kolkataの布(サリーやKurti)は鮮やかで、かつ大きな花柄のプリントが多い。他3都市ではカラフルではあるが一色で、あまり大きな花柄は見かけず、縁に飾りがあしらってある、シンプルなものが多かったように思う。



・電車には女性用車両と、女性用の席がある。年配者や身体の不自由な人、女性には席を優先的に譲りましょう、とのことだった。男女でたまに女性用席に座ることがあるが、他の女性がきたらすぐに席を譲っていた。女性用車両以外に乗った際(Delhi)に、何故女性車両があるか分かった。女性は基本的に外に出ないので乗車人数が少ない。しかし男性はすし詰め状態。その中で四方を男性に囲まれて、立っているのもやっと。そんなに密着することは日常でありえないことなので、インドの女性にとっては極めて落ち着かない、避けるべき状態なのだろうと思った。私は東京で慣れているからなんとも思っていなかったが、周りの男性は‘何故この女の子はここにいるんだ?!大丈夫か?!間違えたのか?!何があったんだ?!ちゃんと降りれるのか?!’というような目と、それらしい発言と、挙動だった。どぎまぎさせてしまったようだ…笑 周りの挙動を観察できたのは面白かった。



2、Kolkataの美しい夫婦

公園の周り、垣根に座る一組の男女。浮浪者なのだろうと思われるその二人、何も持たず、着の身着のまま生きている様子。

どこかで手に入れた参拝で使う供物用のマリーゴールドの首飾りとハイビスカス。連なっている首飾りを、男性は手にとって女性の頭に器用に、帽子のように、飾ってあげていた。ハイビスカスを両耳にかけてあげた。恥ずかしそうに女性は少し伏せ、照れながらまた男性とともに顔を上げて、二人は私に微笑みかけてくれた。

ほほえましさと、美しさを感じた。

お金も、物も、今日を生きる保証も何も無いけれど、ただ一心に相手を思い遣る気持ちが、その一瞬を永遠に美しい優しい光に変えた。言葉でも写真でも、決して表せない何かをその一瞬に感じた。この気持ちを、ずっと忘れたくない。いつかはこのイメージと感覚を忘れてしまうかもしれない。だけどいつか、着飾るものは何も無く、優く包み込むような光を、きっと自分も感じたい。



3、子供たちと犯罪

私は子供たちのやんちゃな幼い心を信じていると共に、彼らに魔が差さないよう気を配っていた。それはどこの都市でも同じ。不用意な隙は見せない。それは私を防衛することではなく、子供たちに魔が差さないようにすること、つまり彼らを守ることになるだからだ。自分を守ろうとすれば、それだけ相手への警戒は増える。私は、今回はたまたまラッキーだっただけかもしれない。けれど、私がすべきことはこれからも変わらずに、自分の防衛ではなく相手の防衛を一番に考えることだろう。相手の防衛、それは「もしも私が貧しくて食べるものに困っていたら、どうするだろう。目の前に無防備な日本の家電製品があったらどうするだろう」そのように考え、相手にとって何をすべきではないかを意識することだと思っている。

自分の作る隙は、相手への魔の手である。彼らを物取りとして疑うより先に、まず自分の行動が彼らにそうさせる状況を作っていはしないか、それを省みる必要がある。今文章にして初めて、それがイメージとして繋がったが、旅行中はそんなことは明確に思っているわけではなかった。ただ、彼らとどうやって、どこまで近い距離になることができるか、どうやって気持ちを遠ざけないようにするか、どうやってON(商売、生きる)ではなくOFF(子供らしさ、無邪気さ)に切り替え、継続させるか、それだけを考えていた。また、これとは別に「いつ何がなくなっても、命さえあれば何とかなる!何か無くなったらその時考えればいいや!何とかなる!」と、神経質にならないよう、「No Problem!」と、インド風に考えていたのも良かったのかもしれない。



4、No Problemの功罪

ゴミのポイ捨て、上下水道処理不行き届き、賄賂、何かが壊れていても基本的に使えればそれでいい、小さいことから大きいことまで良しとすることが出来ない問題は数え切れないほどある。

だけれど、こう考えることも出来る。

No problem! それは相手への優しさの言葉。

「大丈夫、何とかなるよ!さぁ、どうしようか?次に何をしようか?」

ある人が言っていた。インド人はみんな笑顔だと。

笑顔の理由は、こうだ。

We think the future, do not mind the past. What is important is to think what we do next.

過ぎ去ったことをくよくよ、ずっと考えていては先に進まない、未来、将来、これから次に何をするかが大切なんだ、と。

一人一人歩幅が違うように、国や文化によって国柄も地域柄も人柄も、各々も、たくさんの考え方とバックグラウンドを持っている。子供と大人は同じ歩幅で歩けない。子供は少しずつ成長する、だから、どうすれば成長を促せるのかを考える。決して子供の歩幅が小さい事を責めたりはしないし、大人で1分で出来ることが10分もかかっても、9分かかったことしかったりはしないだろう。

もしもそれがビジネスなら?時間との戦いだから、マネジメントできるように自分が変わればいいのではないだろうか。人に変わってほしいなら、その思いはイライラや責めることからは、まして適切には伝わらない。自分も相手も、納得できる方法を見つける、それが大切なのだろう。だから、No Problem! If there is a will, there is a way. きっと、何か道がある。だけど、それは今見つかるのではなく、10年先に見つけられる迷路の先の道なのかもしれない。だから、今ではなく、think your future.



5、宗教と生きる人々

8割ほどがヒンディー教だが、必ずしも彼らだけが過ごしているのが目に付くわけではない。イスラム、Shik、仏教、キリスト教など様々な宗教宗派が入り混じっている。文化も生活も、多種多様。「インド人」と一括りにしては、何を見ることが出来るのかわからない。性別、カースト、宗教、社会的地位、貧富、地域、職業、何をとっても奥が深い。

インドは‘スパイス’のような国だと思う。

一口に含む。見たことの無い、聞いたことのない、初めてのスパイスが入った料理。辛いのか、甘いのか、苦いのか、すっぱいのか、しょっぱいのか、エグみがあるのか、香りが強いのか、無味無臭なのか、表現が難しい何かなのか。口に含んだ人にだけわかるが、同じものでも一人一人その感じ方は違う。そして、多くの一様ではない表情を持っている。何度も何度も口にして、様々なレシピを参考にして、近く近くになるように。そんな、インド料理に使われる数多くのスパイスのような、そんなスパイス’mixの国じゃないだろうか。



6、私の「インド」

日本で聞いたインドはこうだった。

インド人は騙してくる、インド人は嘘つく、信用するな、物が盗まれる、身を引き締めろ。



インドで感じたインドはこうだった。

インド人は見かねて道案内をしてくれる、困っていたら助けてくれる、友情の印にchaiを淹れてくれる、何も買ってもいないけどお土産をくれる、無邪気な笑顔で溢れている。



百聞は一見にしかず。一期一会はインドに根付いている。



「Hi, My Friend! Are you Japanese?」

あなたならどちらに取りますか?

「日本人だ、お金があるやつがきた!」

「おぉ!お前面白いな!初対面だけど友達になっちゃおうぜ!」



旅の始め、客引きは全て無視するかキツくNoと言っていた。そしたら疲れてしまった。

数日後、声をかけられたら全て返答するようにした、笑顔で振り向いて。するとどうだろう、リキシャワーラーは付いてくるどころか、笑顔で道を説明してくれた。にいちゃんたちは客引きとしての話をしなくなって、代わりにChaiに誘われるようになった。子供たちは照れくさそうに、大いに喜んで、挨拶と笑顔が連鎖していった。子供たちを見ている親も笑顔になった。



だって、人間だもの。



だれだって、笑顔の嫌いな人はいないのだから。

邪険に扱われて、嬉しい人なんていないのだから。



大人の、OFFの瞬間を引き出すためには、簡単だった、笑顔が必要だった。

Moneyが easy come easy goならば、Smileは easy come easy stayではないだろうか。



笑い方を忘れたら、無理にでも顔を動かしてみる。

変な顔をしてみる。好きな人を笑顔にしようと、考えてみる。



笑い方を忘れた人がいたら、ただそばに寄り添ってあげる。

その人を必要だと伝えてみる。その人を好きになってみる。



いつか世界中の笑顔が連鎖して、笑い方を忘れてしまった人がいなくなるように。



いつか自分が、あのKolakataの美しい夫婦に見た優しい光が見えるように、まとえるように。





2010年11月3日

am1:00 Japan /pm21:30 India